ときおり生の根源に触れる切ない快感が残りました。Chigasaki海岸に来て眺める浜辺と海の風景、そのときに興趣した想いがロマンとなって噴出した世界がよく描かれています。そしてよく見ると、それはすべて表紙の写真と見開きの地図に凝縮されている感じです。
・・・サザンビーチと記されたモニュメントから発せられる半円球の海へ向かって走る汽車だろうか。それに乗って海原へ進む少年の日へのオマージュ。それが主人公アキラであり少女アイカなのだろう。二人はライフセイバーのユカに出会い、海の知識を得ていく。
水晶の切符、宇宙瓶、ホエールボード、色とりどりのガラス
・・・万華鏡のようなきらびやかな世界の中で、アキラは伊東ユカすなわち自分の母に出会うのだ。しかし、会うことは存在が消滅し残像に化してしまう。それが「時」なのだ。ここはきわめて暗示的なコンセプトである。
幻想がともなう作品である。それをさらに楽しむかのように、作者は素描による人物画、風景画、パソコンによる画像処理の写真を挿入して、より一層、己の内面を表現してくれる。作者の多彩な能力に圧倒される。
たいていの読者は、宮沢賢治の宇宙感覚を思い浮かべるに違いない。そういう作家達の資質を作者は保有しているように思える。
荒んだ現実から遊離したいという願望は世の全ての人達が持っている。この本はその飢えを癒す一冊になるだろうと、わたしは思う。
(作家、私立高校講師 倉坪智博)
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