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終わらない夏の湘南鉄道 第一部 夢機関車 A DREAM ENGINE「サザンビーチ」を含む
  (7)大陸から来た人々の遺跡
 

 

 ケーブル・カーの前で、ゴッシュが待っていた。

「すぐに出発するぞ。もう二十六時じゃないか。」

 ゴッシュが歌い出した。『また同じ歌か!』と、アキラはうんざりして、聞き流そうとしたが、アキラの耳には全く別の歌のように新鮮に聞こえた。上りのケーブル・カーで聞いた曲とは、歌詞が違っていた。             「百年休まずに・・・チクタクチクタク・・・おじいさんといっしょにチクタクチクタク百年たっても止まらない・・・終わらない夏・・・終わらない一日・・・」

 ゴッシュの歌声が螺旋推進器となって、ケーブル・カーを湘南ヶ丘に導いた。

 

 野良猫のグレコが、湘南ヶ丘の駅前で待っていた。

「さあ、エリザベス様に会いに楽器工場に行きましょう。エリザベス様は大陸から来た人々が信じていた神猫セックメット・バスト・ラーの末裔なのですよ。私が案内します。列車は、二十七時の出発です。機関士のテリーさんに話してありますから。」

 清夜の月光に照らされ、アキラとアイカが、猫の後を十分も歩くと、大陸から来た人々の遺跡が姿を現わした。長くて急な階段を登り詰めると、宮殿の入口に行き着く。砂漠の文明が、緑の森で、妙趣ある均衡を保っている。数十メートルもある、大きな半開きの扉を通過すると、太い円柱が二本見えた。

 イートが「工場長」だと言ったエリザベスは、朽ちた円柱の台座を玉座にして座っていた。気品あるアビシニアンは鬱陶しそうに欠伸をして、ゆっくりと話し始めた。

「設計図はできていますから、星の花粉さえあれば、瞬く間です。すぐに、オカリナ笛を作ってあげましょう。グレコ、ハーブを持って来なさい。」

 グレコがジャムの瓶を三つ持って来た。

「マタ夕ビですか?キャット・ニップですか?キャット・タイムですか?」

 エリザベスの眼そうな眼に、猫の鋭さが戻った。

「キャット・タイムに決まっているでしょう!」

グレコが屁っ放り腰で返事をした。

「一番強いのですね。」

 エリザベスの細長く切れ込んだエメラルド・グリーンの瞳が光った。

「そうです。」

 グレコは、エリザベスの前で瓶の蓋を開け、急いで後ずさりした。エリザベスは瓶に鼻を突っ込み、ハーブの強い臭いを嗅ぐと、台座の上から体を乗り出し、滑り落ちそうになっては、元の姿勢に戻る。二、三度、同じ動作を繰り返すと、体を丸めて尻尾を太くした。

「グレコ!道具を持って来い!」

エリザベスが厳しい目つきで怒鳴った。

「は、はい、わかりました。」

 グレコは、四つ足で疾駆した。ホログラフィーの設計図ビーチ・グラスを持って戻って来ると、大急ぎで回転して、アキラに詰め寄った。

「早く、星の花粉を出して下さい。」

 グレコに促されて、アキラは、ポケットから星の花粉の入った瓶を取り出すと、蓋を開けて、エリザベスの前に置いた。ハーブの瓶星の花粉の瓶ビーチ・グラスのバケツ、そして、ホログラフィーの設計図が、エリザベスの前に並んだ。

 

 エリザベスは叫び声を上げると、横っ飛びで瓶からビーチ・グラスを取り出して、星の花粉に浸し、ホログラフィーの立体設計図に貼り付けた。あっと言う間に、楽器の形が定まってきた。エリザベスの動きが少し鈍ったことにアキラが気付くと、次の瞬間にはもう、気品のあるロシアン・ブルーに戻って、エリザベスは玉座についていた。

「乾燥室で、しばらく星の花粉を乾かしますが、《鹿の声》を詰め込まないと、音は出ませんよ。鹿の声が聞えましたか?」

 アキラは、エリザベスの問い掛けに、時間を止めて考え込んだ末、思い出したように答えた。

「鹿の声は、時の彼方で聞きました。」

 エリザベスは、大きな欠伸をして、右手の上に顎を乗せると、面倒臭そうにつつめいた。

「いいでしょう。グレコ、これを乾燥室に持って行きなさい。《鹿の声》を詰めておくのよ。鹿笛の出来上りね。わたしは、ひと眠りするから。そうそう、覚えておきなさい。秋の鹿は笛に寄るのよ。」

 そう言い終わると、エリザベスは、もう両眼を閉じていた。グレコは透明なキャリアー(荷台)にオカリナ笛を載せながら、歯切れの良いテンポで話し始めた。

「猫は年をとると、眠っている時間が長くなるんですよ。エリザベス様も、かなりの年齢ですからね。人間は、あまり眠らないようですね。眠って夢を見る事が一番楽しいのに、人間は少しかわいそうですね。乾燥室で楽器を乾かしますから、うまく≪鹿の声≫が入るように、時間をコントロールしておいて下さいね。」

 

 出来上った楽器を駅まで運んでくれたグレコは、楽器とバケツをキャリアーから降ろして、アキラとアイカに渡した。

「このバケツは小さいけど丈夫だね。透明金属でできているんだね。これは透明アルミニウムかな?」

 アイカが首を縦に振った。

「うん!」

 グレコは、別れ際に、ジャムの瓶をひとつくれた。

「これは宇宙瓶です。ガラスでできているんですよ。この宇宙瓶には無限の記憶が入ります。蓋を開けて、二人の記憶を入れるのです。」

 アキラはアイカからバケツを受け取ると、中にオカリナ笛と宇宙瓶を入れた。ジャムの瓶には見覚えがあった。

「なんだ。オズのピーナッツ・バターじゃないか。」

 瓶には、ライオンブリキの男案山子の絵が描いてあった。蓋を開けると、瓶の底にポケットから取り出したビーチ・グラスの欠片を落として、アイカに見せた。背伸びをしてアイカが中を覗いた。アイカの踵が地面に着くと、アキラはしっかりと蓋を閉めた。

 アキラは、アイカからバケツを受け取ると、<鹿のオカリナ笛>と<OZ(オズ)の宇宙瓶>、そしてポケットから捻り出した<バタフライ・ボードの入った瓶>をバケツ中に重ねて、上から残ったグラスを静かに落とした。

 アイカは両手を振って、グレコにさようならをした。

 

 八月三十一日、二十七時。

「さあ、海めがけて一直線だ・・・少し、カーブもあるけどな。」

 機関士のテリーが警笛を鳴らした。

クョスコニョ    [1] 
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