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終わらない夏の湘南鉄道 第一部 夢機関車 A DREAM ENGINE「サザンビーチ」を含む
  (8)サザン・ビーチ
 

 緩いカーブを曲がると、ターナーの水彩画を背景にして、列車は、ほとんど一直線に海ヘと向かった。               アキラは、『ガラスのマントを着たイートが旅を案内してくれる。』という、ゴッシュの言葉を思い出した。

「イー卜さん。次は何をするんですか?」

 時の旅人は、静かに答えた。

「サザン・ビーチでライフ・セイバーのユカさんに会えば珍しいビーチ・グラスが手に入るかも知れない。ユカさんは湘南育ちだから、地元のことはよく知っているし、多くの人の命を救っている。何か分かるかも知れない。」

 時の旅人は、一瞬、時を止めたが、再び顔を上げて、何もなかったかのように言葉を並べた。

「残念ながら、ここでお別れだ。新都市線は、サザン・ビーチが終点だ。パン・パシフィック・ホテル周辺には小結界が張られているので、夢機関車では通過でさない。外からは見えるが、中は幻なんだ。もし、結界の中に入るんだったら、フェリー・ボートに乗ってみろ。フェリーに乗って、フィッシャーマンズ・ワーフまで行くんだ。楽しいぞ。私は、科学センターで待っている。フィッシャーマンズ・ワーフから古都線に乗れ。古都線は時間のずれを利用した特別なパワーを動力としている。古都線に乗るには意志の力が必要だ。古都線に乗れ!」

 車掌のゴッシュが、一点消失法の彼方から、ゆらゆらとやって来た。

「とうとう、お別れだな。俺とテリーは列車を回送する。古都線はサダオが運転しているんだ。よろしく伝えてくれ。さあ、湘南大橋を渡ると、そろそろ到着だ。」

 

 

 サザン・ビーチ駅から海岸へ向って二本の道が走っている。若大将通りは、真っ直ぐ海岸に向っているが、ビーチの外れに突き当たる。青大将通りは、曲がりくねっているが、一番近道だ。アキラは、青大将通りを選んで歩き始めた。振り返ると、アイカがいない。アキラは慌てて駅へ戻った。駅前にアイカはいなかった。アイカは、違う道を歩き始めていた。アキラが、もう一方の若大将通りの入口まで行くと、アイカの姿が小さく見えた。アイカは、振り返りもせずに真っ直ぐ歩いていた。アキラは、息を切らせて追い付いて、アイカを呼び止めた。

 「いいの。真っ直ぐ歩くの。」

 アイカは、アキラの言う事を聞かなかった。アキラは、仕方なくアイカの後を歩いた。真っ直ぐ伸びた道の遥か先に、湘南の海が青い姿を覗かせていた。

 

 三十一日十五時三十五分、海岸に出た。サザン・ビーチの中央ゲートまでは、あと七、八分歩かなければならなかった。潮風の香りを胸一杯に吸い込んで、アキラとアイカは、サイクリング・ロードの上を歩いた。

 サザン・ビーチの中央に辿り着くと、アキラは、監視台の上に座っている青年にユカさんの事を聞いた。青年は笑顔で答えた。

「今、沖に向って泳いでいるのが、ライフ・セイバーのユカさんですよ。ほら、フロートが見えるでしょう。」

 アキラの目が、沖に浮かぶ細長いフロー卜を捉えた。フロー卜の先にはロープが伸びていた。ロープの先を目で追って行くと、小さな頭が海の上に出ていた。

 アキラは、ユカさんの姿を目で追いながら、ブイの修理をして戻ってくるユカさんを待つ事にした。アイカは砂浜を走り回っている。ユカさんは岸の近くで立ち上がり、フロートを脇に抱えて、監視台まで走って来た。監視台の上から、真黒に日焼けした青年が、アキラとアイカの事をユカさんに話してくれた。

「君がアキラで、あの娘がアイカね。ハウスはこっちだよ。」

 ユカさんは、二人を連れてライフ・セイバーの小屋に案内すると、ミネラル・ウオーターのボトルをラッパ飲みしながら、少しずつ話を始めた。

「サザン・ビーチはね・・・ボランティアのローカル<地元の人>がね・・・ゴミ拾いをしてくれていたのでね・・・ビーチ・グラスは少ないのよ。でも、昔は大きなグラスが取れたのよ。私は・・・いっぱい集めているから、少しあげるわね。」

 そう言うと、ユカさんは小屋の隅から大きな袋を持って来た。

「サンタクロースみたい!」

 アイカが大声を出した。

「たしか、この中にも少し入っているはずよ・・・あった。あった。」

 ユカさんは袋の奥から、木の箱を取り出した。

「おうちには、いっぱいあるけど、今は、こんなものしかないわ。」

 ユカさんが木箱を開けると、アイカが首を伸ばして中を覗き込んだ。

「きれい!大きいね。」

アイカは、下を向いたまま大声を出した。

「きれいでしょ。好きなのを取っていいのよ。」

 アイカは音を立ててグラスを掻き混ぜている。

「これと・・・これと・・・これも・・・」

「たくさん取っていいのよ。人は思い出をグラスにして大きくなっていくのよ。青いグラス、緑のグラス、茶色のグラス、赤もあるわ・・・いろんな形があるでしょ。」

 ユカさんは、アイカのことが気に入ったようだ。

「アイカは、アキラのこと好きなの?」

 アイカは、ビーチ・グラスをバケツに入れながら、元気良く答えた。

「うん。大好き。」

「アイカの持っているのは宇宙瓶じゃないの?」

「うん。ライオンとロボットとカカシが描いてある。これもあるよ。これも。」

 そう言ってアイカは、バケツから<バタフライ・ボードの素が入った瓶>と、<鹿のオカリナ笛>を取り出した。

「珍しいものを持っているのね。」

「うん。アキラが集めた。<ちょうちょ>と<笛>。」

「アイカはね。笛の練習をするのよ。鹿笛は難しいけどね。上手に吹けるようになったら、フェリーになんか乗らなくてもいいのよ。海の上を歩くことだってできるはずよ。でもね、五年は、かかるわね。」

「海の上を歩けるの?練習する!アイカ練習する!」

 ユカさんは、アキラに顔を向けて、話の続きを始めた。

「サザン・ビーチの海は、水の分子を集めて塩化ナトリウムを加えただけなの。だから、ブイが壊れたら、水がどんどん外へ漏れるのよ。私は、みんなが安全に泳げるように、毎日ブイの回りを見張って、水漏れがないようにしている。結構大変なのよ。アキラは、バタフライ・ボードの練習をするのね。ボードが上手になったら、波に乗って遠くまで行ける。バタフライの達人は空をも飛べるのよ。ほんの少しの時間だけどね。バタフライは難しいよ。本当は十年以上かかるんだけどね。鹿笛も同じよ。上手く吹けるまでに十年はかかる。でも、毎日練習すれば、バタフライも鹿笛も五年でなんとかなると思うわよ。時を支配すれば、海も大気もゲル状に感じる事ができる。それが上達の極意よ。」

 アキラはユカさんに何かを感じ始めた。何か大きな感情だった。自分をつくり出してくれた、何か温もりのようなものに対する感情だった。

「サザン・ビーチの記憶は残っているの?」

 ユカさんは優しい口調でアキラに尋ねた。

「えーと。七月七日に一回、八月三十一日に一回、来た事がある。七月七日は雨が降っていて肌寒かった。・・・あっそうだ・・・七月七日は江西の七タ祭りの帰りだった。八月三十一日は、海からの風が、とっても気持ち良かった・・・でも、友達はみんな、おじさんになっていたような気がする。」

 ユカさんの顔色が、少し曇った。

「それだけなの?記憶がなければ結界は抜けられないのよ。思い出すのよ!」

 ユカさんの厳しい口調に促されて、アキラは記憶の糸を真剣にたぐり始めた。

「そうだ。いつもジョギングしていた。夕方、ジョギングしている時に小さい島が見えた。<帽子岩>・・・いや、<卜ビウオ岩>かも知れない。ホテルが見えていた。燈台のように海岸に立っている立派なホテル。ホテルの歌を聴いたことがある。たしか、オール・スターズの歌だったと思う。」

 ユカさんは、いつの間にか、蓋を開けた<バタフライ・ボードの宇宙瓶>を手に持って、アキラの前に差し出していた。

「結界を抜ける時に、宇宙瓶の蓋を開けるのよ。瓶の中の記憶が、幻の世界へあなた達を運んでくれるわ。結界の中に入ったら、フェリー乗り場へ行って、鯨ヶ丘さんに、私があげたグラスを見せるのよ。ビーチ・グラスを使えば、記憶の力で、フェリーが蘇るかも知れない。フェリーが動けば三十年振りよ。」

 ユカさんは、静かに宇宙瓶の蓋を閉じて、アキラのバケツに入れた。

「現実と夢が懸け離れていても、誰かがあなたを見ているものよ。明日を憂う、あなたの傍にも、ほら、あなたを見詰めている人が、ここに・・・こんなにかわいい娘がいるじゃないの。それが、始まりよ。」

 

 何が起ろうとも、何も起らなくても四季は巡るはず。終わらない夏の一日にも、風は自由に吹いていた。ダマスク・ローズの香りにのせて。

クョスコニョ    [1] 
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