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<イン・サンフランシスコ>

 

  機長が着陸体勢に入ることを告げた。窓の外には霧で覆われた陸地が見える。ゴールデンゲイトブリッジが、霧の中から二つの頭をのぞかせている。この霧の下にはサンフランシスコの街がある。ノースウェスト航空024便は、まもなく霧の中へ消えた。

  ケーブルカーのパウエル駅から数分歩くと、ユニオン・スクウェアの裏側に小路がある。京都先斗町の雰囲気を持つ「メイドゥン・レーン」だ。ゴールドラッシュ時代には、港特有のいかがわしいバーが建ち並ぶこの通りに、派手なドレスを着た娼婦を求めて、フォーティナイナーズ達がたむろしたらしい。今は、高級ブティックやカフェが並ぶ。

  ドンは、カフェの入り口でクラリネットを吹いていた。

「写真を撮ってもいいかい。」

「もちろんさ。」

彼は神妙に畏まってスタンダード・ナンバーの一フレーズを吹いた。そう、彼の得意のポーズだ。

「ブルームーンさ。」

「ブルームーン?」

「そうだ。ブルームーンだ。」

「どこかで聴いたことがあるな。ジョン・コルトレーンか、クリフォード・ブラウンだったな。」

「ジョン・コルトレーンは偉大だよ。」

  そう言うとドンは、いきなり別のフレーズを吹き始めた。

「ジャイアント ・ステップス」

そう言うと彼はにこりと笑った。

「ジャイアント ・ステップスだね。」

私は続けた。

「何年吹いているんだい。」

「五十二、三年ジャズをやっているよ。」

「五十二年も!」

「そうさ。クラリネットをやっているのは、吹く人が少ないからさ。サックスもやってたんだよ。君はどこから来たんだい。」

「今日、東京から来たんだ。」

「東京か。サダオ・ワタナベがくるんだよ。彼は尊敬に値する。」

「サダオ・ ワタナベはすばらしいよ。」

「そうだ。彼はアフリカへ行ったんだ。知ってるかい。」

「知ってるよ。」

やはりドンにとって、アフリカは本当の故郷のようだ。

  「ビジネスで来たのか?それともスタディか?」

「ホリデイズだ。」

「いつまで居るんだ。」

「五日間だ。」

「サンフランシスコ・ジャズ・フェスティバルが、二十日と二十一日にあるんだ。ジャッキー・マクリーンが来るよ。ジャッキー・マクリーンは本当に偉大なサックス奏者だ。新聞を見ろよ。演奏予定が載ってるよ。」

「このカフェで何か食べなきゃ行けないな。 」

「そうだとも。私のために食べてくれたまえ。」

  私は、カフェ「モカ」に入って、ツナサンドとコーヒーを注文した。11$13¢だった。

「外で食べてもいいかい。」

「もちろんですとも。」

上品な女性が答えた。私は、フランスパンにツナを詰め込んだビッグサイズのサンドイッチとコーヒーを持って、ドンのところへ行った。

  テーブルに座って、山のように盛ってある酢漬けの赤キャベツをつまみ始めると、ドンがまた何曲か吹いてくれた。私は、スタンダードナンバーを楽しみながら、フランスパンを二つに切って、ありったけのツナを詰め込んだサンドイッチと、それとはアンバランスに、とてもマイルドで上品なコーヒーを、ゆっくりと楽しんだ。

  「ユー。。。ゴー。。。トゥ。。。マイヘッド」ゆっくりと優しいメロディーが耳の中に流れる。

  「東京には行ったことがある。『ブルーノート』は知ってるかい。」二、三曲吹くと、

ドンはテーブルに近づいてきた。 メイドゥン・レーンには青いテーブルが二、三十個ならべてあったが、テーブルを使っているのは新聞を読んでいる一人の男と、楽しそうに食事をしている男女と、私だけだった。

  「知っているよ。東京にはたくさんの店がある。」

「たくさんあるな。本当に。 なんて言う山だったかなあ。『何山』といったかなあ。」

ドンは「マウントゥン」という言葉を繰り返した。

「富士山だろ。」

「そうだ、マウント・フジだ。フェスティバルがあった。」

「マウント・フジ・ジャズフェスティバルのことかい。」

「そうだ、マウント・フジ・ジャズフェスティバルだ。行ったことがある。」

そう言うとドンは歩きながら、別のフレーズを吹き始めた。「コートにすみれを」のメロディーだ。

  「一緒に写真を撮ろうか。」口の中にツナを入れたまま、私はドンに話しかけた。

「こいつはゴシュだ。友達だ。」

そう言うとドンは、カフェの入り口に佇んでいた若者を連れてきた。年は十七、八か。まだあどけなさが残るカフェのウェイターは、顔に笑みを浮かべていた。

「撮ってくれ。」ドンはゴシュと肩を組んで繰り返した。

「こいつは友達だ。」

私は老人と若者の明るい笑顔をカメラにおさめた。

「ゴシュ撮ってくれ。」今度はゴシュがカメラのシャッターを切った。

  この若者が生まれる前に、私とドンは東京にいた。ドンは長い歴史の一コマを東京で過ごしていた。彼にとっては一九五八年が通過点であったように、一九七〇年代も時の流れだったのかもしれない。私の頭の中で、一九五八年の曲が流れる。マイルズ・デイビスが

「ステラ・バイ・スターライト」、バド ・パウエルが「クレオパトラの夢」、ジャッキー・マクリーンは「クール・ストラッティン」を演奏している。

  そして私は、一九七〇年代の「俺」を見つめていた。そこにいる「俺」は、東京でマイルズ・デイビスを、バド・パウエルを、そしてジャッキー・マクリーンを聴いていた。

 

クョスコニョ    [1] 
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