八橋企画特別書き下ろし コージー・S
【ブルーベリーの夜】 あなたの〈恋愛年齢判定〉付
ブルーベリーの実を、一粒一粒、画用紙にこすりつけた。あの夜を記憶に残しておくために。雲一つないブルーベリーの夜を。
駅からの歩道橋を降りて、CDショップに向かった。クラシックの棚を一通り見終えると、ジャズの棚に向かった。ジャズなんて滅多に聴いたことはなかった。何となく秋の夜空を見ていると、聴きたい気分になっちゃっただけよ。 ジャズといっても、マイルスとコルトレーンぐらいしか知らない。高校生の時トランペットを吹いていたので、マイルス・デイビスは聴いたことがある。この店では、マイルス・デイビスのCDがほとんど棚の一列を占領していた。 身体を斜めにして、私は指輪もしていない小さな手を右上へ勢いよく伸ばした。空気の温もりを右手が感じた瞬間、大きな柔らかい手の感触が私の右手に伝わった。 「失礼」 右上から妖精のように小さいが、はっきりと聞き取れる声がした。 私は、思春期に感じた胸の高まりを楽しんでいた。いつもなら、たとえ大きな手に握られたとしても、ただめんどうなだけで、湧きあがる感情など胸に伝わるはずもなかったのに。 「これをお探しですか」 沈黙を破ったのは、恥ずかしさを噛み潰しながら冷静をよそおっている声帯の響きだった。 「いいえ、違うんです」 私は、CDジャケットの女性のように下を向きながら蚊の涙を搾り出した。
次の日の同じ時間に同じ場所へと私は足を向けた。"1958MILES"と小さく書かれたCDジャケットが時の残像として私の視界に残っていたからだ。 小さな右手を昨日と同じ棚に伸ばした。右手が捉えたのは"58MILES"という青いアルバムだった。ピンクの上着を着たマイルス・デイビスがトランペットを吹いている。高校一年のとき、吹奏楽部の先輩が吹いていた姿が遠い過去から蘇ってきた。少し下向きにペットを構えて、地面をゆすぶるように音を出していく。『正面を向いて正しい姿勢でペットを構えなさい』と教えられてきた私にとって、彼の姿は衝撃だった。 「ジャズだよ」 先輩はフレーズに詰まって、ペットを置いた。 「ジャズですか」 私は無邪気な声を出した。 「マイルス・デイビスだよ。耳の毒だよ。聴くなよ」 私は目を輝かせた。 「毒なんですか」 「そうだ。毒だよ。君達は県大会のことだけを考えていればいいんだ。君はスジがいいからきっと選ばれるよ」 「先輩は去年も出たんですよね」 「一年からでているよ。今年で3回目だ。いや、今年はまだ決まっていなかったね」 「先輩はもう決まりですよ」 「どうかな。技術だけじゃないんだよ。僕の音は毒を含んでいるから、先生には嫌われるんだ」 「そんなことないですよ。一番・・・」 「高校時代の思い出にふけっている場合じゃないわ。」 "1958MILES"と書かれた赤いCDはなかった。私の両手は"58MILES"と書かれた青いCDを握っている。 ジョン・コルトレーンとキャノンボール・アダレイに挟まれて、ピンクの上着を着たマイルス・デイビスがペットを吹いている。 「そういえば、先輩も背中を丸めてペットを吹いていたわ。」 私の小さな背中が人の気配を感じた。 「失礼」 背後から、過去の時空をリセットする、優しい声がした。 「やはり、あのCDをお探しになっていたんですね。」 さわやかな透明感が、私にしか聞こえない音量にもかかわらず、明確に言葉を伝えていた。 「違うんです。このCDが欲しかったんです」 私は、心根に反して、大声を出してしまった。なんて、ひねくれているのでしょう。紅く染まる頬を隠すために精いっぱい下を向いた。 「それはコロンビアの録音で僕も・・・」 私の足は、あまのじゃくで、もうレジへ向かっていた。正直者の両耳だけが、残された彼の声を拾ってくれた。後ろめたい気持ちをかき消す透明な声が耳の奥で響いていた。 「コロンビアの録音で僕も・・・」 スターバックスでカプチーノを頼んだが、店内に空席は見あたらない。店の外に置かれたテーブル席に腰掛け、ジャケットの封を切った。ピンクの上着を着たマイルスを見ていると、なんだか心が落ち着く。マイルス、コルトレーン、アダレイと眺めていると、ジャケット右上にColumbiaという印字が見えた。 「このCDはコロンビアの録音なんだわ。彼は、このCDが欲しかったんじゃないかしら」 カプチーノを飲みながら、彼のことを考えていた。 次の日もCDショップに寄ってみた。赤いCDも青いCDも見つからなかった。その日から、彼の姿を見ることもなかった。私が赤いジャケットのCDを見つけたのは、髪を突き刺す冷たい風が初冬の香りを運ぶ季節だった。 私は、とうとう赤いジャケットのCDを手に入れて、スターバックスのテーブル席でカプチーノを飲んでいた。冷たい空気が、ブルーベリーの空から舞い降りてくる。 「このジャケットは池田満寿夫のデザインなのね。1958年にCBSソニーで録音した曲を集めたのね」 私は、無心でライナーノーツを読んでいた。 「そうです。それはCBSソニーの録音なんですよ。僕は、コロンビアの録音と聴き比べてみたんですが、やっぱりCBSソニーの録音がいいですね。特に、ステラ・バイ・スターライトは絶品ですよ」 彼の透明な声が聞こえた・・・ような気がした。 「彼がここに来るはずがないわ。彼に『恋』をしたみたいね」 私はテーブルの向こうの空席を見つめていた。 「コーヒーを飲んだら、胸まで温まったようね。さて、夕飯は何にしようかしら」 晩秋の一日は短く、雲ひとつない空は、ブルーベリー色に染まっていた。白い月へと、恋を告げる妖精が羽ばたき、消えていった。時をこのまま止められたら。 「帰ろう。ひとぼしごろの街にさよならして・・・もう、そろそろ冬だわ。今日の夕飯はシチューにしよう。きっと、子供達や夫が喜ぶわ。そうだ、冷凍のブルーベリーも買っておこう」 「帰ろう。ブルーベリーの夜にさよならして・・・秋の日差しは冷たいのに、憂いを感じる暇もない。舗道を埋めた落ち葉を踏みしめ、戻ろう、愛が仄かに光る場所へ」
Q1 主人公についてどう思いますか <男性> *主人公のような女性が好きである ☆☆☆☆☆ *主人公のような女性に魅力を感じる ☆☆☆☆ *主人公のような女性は嫌い ☆☆☆ *主人公のような女性は理解できない ☆ *主人公はバカである ☆☆☆☆☆☆ <女性> *私は主人公そのものである ☆☆☆☆☆ *私は時々主人公のような行動をとる ☆☆☆☆ *主人公の行動は理解できない ☆☆☆ *あまり興味がない ☆☆☆☆☆☆☆ *何のことやら ☆
Q2 彼(彼女)に会えたら、あなたはどうしますか <男性> *CDショップに行って彼女に会うが、わざと彼女を無視する ☆☆ *CDショップに行って、いつも同じ場所に黙って立っている ☆☆☆☆ *CDショップに行って、彼女にCDの解説をする ☆☆☆ *CDショップに行って、彼女と友達になる ☆☆ *CDショップの隅に隠れて、彼女の行動を眺める ☆ <女性> *CDショップで彼に会うと、黙って彼の目を見つめる ☆☆☆ *CDショップで彼に会うと、軽く微笑む ☆☆☆ *CDショップで彼に会うと、「ゴメンナサイ」と言う ☆☆☆ *CDショップで彼に会うと、隅に隠れる ☆ *CDショップには二度と行かない ☆☆☆☆☆☆☆☆
貴方の恋愛年齢は (☆の数)x6 =( )歳です
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