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    サザン・ビーチ

 

 緩いカーブを曲がると、ターナーの水彩画を背景にして、列車は、ほとんど一直線に海ヘと向かった。

 アキラは、『ガラスのマントを着たイートが旅を案内してくれる。』という、ゴッシュの言葉を思い出した。

「イー卜さん。次は何をすればいいんですか?」

 時の旅人は、静かに答えた。

「サザン・ビーチでライフ・セイバーのユカさんに会えば珍しいビーチ・グラスが手に入るかも知れない。ユカさんは湘南育ちだから、地元のことはよく知っているし、多くの人の命を救っている。何か分かるかも知れない。」

 時の旅人は、一瞬、時を止めたが、再び顔を上げて、何もなかったかのように言葉を並べた。

「残念ながら、ここでお別れだ。新都市線は、サザン・ビーチが終点だ。パン・パシフィック・ホテル周辺には小結界が張られているので、夢機関車では通過できない。外からは見えるが、中は幻なんだ。もし、結界の中に入るんだったら、翼のついた船に乗ってみろ。わかしお号に乗って、フィッシャーマンズ・ワーフまで行くんだ。楽しいぞ。私は、科学センターで待っている。フィッシャーマンズ・ワーフから古都線に乗れ。古都線は時間のずれを利用した特別なパワーを動力としている。古都線に乗るには意志の力が必要だ。古都線に乗れ!」

 印象派の画家によって描かれた車掌のゴッシュが、一点消失法の彼方から、ゆらゆらとやって来た。

「とうとう、お別れだな。俺とテリーは列車を回送する。古都線はサダオが運転しているんだ。よろしく伝えてくれ。さあ、湘南大橋を渡ると、そろそろ到着だ。」

 

 

 サザン・ビーチ駅から海岸へ向って二本の道が走っている。若大将通りは、真っ直ぐ海岸に向っているが、ビーチの外れに突き当たる。青大将通りは、曲がりくねっているが、一番近道だ。アキラは、青大将通りを選んで歩き始めた。振り返ると、アイカがいない。アキラは慌てて駅へ戻った。駅前にアイカはいなかった。アイカは、違う道を歩き始めていた。アキラが、もう一方の若大将通りの入口まで行くと、アイカの姿が小さく見えた。アイカは、振り返りもせずに真っ直ぐ歩いていた。アキラは、息を切らせて追い付いて、アイカを呼び止めた。

「いいの。真っ直ぐ歩くの。」

 アイカは、アキラの言う事を聞かなかった。アキラは、仕方なくアイカの後を歩いた。真っ直ぐ伸びた道の遥か先に、湘南の海が青い姿を覗かせていた。

 

 

 八月三十一日十五時三十五分、海岸に出た。サザン・ビーチの中央ゲートまでは、あと七、八分歩かなければならはいので、潮風の香りを胸一杯に吸い込んで、アキラとアイカは、サイクリング・ロードの上をゆっくりと歩いた。

 サザン・ビーチの中央に辿り着くと、アキラは、監視台の上に座っている青年にユカさんの事を尋ねた。青年は笑顔で答えてくれた。

「今、沖に向って泳いでいるのが、ライフ・セイバーのユカさんですよ。ほら、フロートが見えるでしょう。」

 アキラの目が、沖に浮かぶ細長いフロー卜を捉えた。フロー卜の先にはロープが伸びていて、ロープの先を目で追って行くと、小さな頭が海の上に出ていた。

 アキラは、ユカさんの姿を目で追いながら、ブイの修理をして戻ってくるユカさんを待つ事にした。アイカは砂浜を走り回っている。ユカさんは岸の近くで立ち上がり、フロートを脇に抱えて、監視台まで走って来た。監視台の上から、真黒に日焼けした青年が、アキラとアイカの事をユカさんに話してくれた。

「君がアキラで、あの娘がアイカね。ハウスはこっちだよ。」

 ユカさんは、二人を連れてライフ・セイバーの小屋に案内すると、ミネラル・ウォーターのボトルをラッパ飲みしながら、呼吸の合間に少しずつ話を始めた。

「サザン・ビーチはね・・・ボランティアのローカル<地元の人>がね・・・ゴミ拾いをしてくれていたのでね・・・ビーチ・グラスは少ないのよ。でも、昔は大きなグラスが取れたのよ。私は・・・いっぱい集めているから、少しあげるわね。」

 そう言うと、ユカさんは小屋の隅から大きな袋を持って来た。

「サンタクロースみたい!」

 アイカが大声を出した。

「たしか、この中にも少し入っているはずよ・・・あった。あった。」

 ユカさんは袋の奥から、木の箱を取り出した。

「おうちには、いっぱいあるけど、今は、こんなものしかないわ。」

 ユカさんが木箱を開けると、アイカが首を伸ばして中を覗き込んだ。

「きれい!大きいね。」

アイカは、下を向いたまま大声を出した。

「きれいでしょ。好きなのを取っていいのよ。」

 アイカは音を立ててグラスを掻き混ぜている。

これと・・・これと・・・これも・・・」

「たくさん取っていいのよ。人は思い出をグラスにして大きくなっていくのよ。青いグラス、緑のグラス、茶色のグラス、赤もあるわ・・・いろんな形があるでしょ。」

 ユカさんは、アイカのことが気に入ったようだ。

「アイカは、アキラのこと好きなの?」

 アイカは、ビーチ・グラスをバケツに入れながら、元気良く答えた。

「うん。大好き。」

「アイカの持っているのは宇宙瓶じゃないの?」

「うん。ライオンとロボットとカカシが描いてある。これもあるよ。これも。」

 

 そう言ってアイカは、バケツから<バタフライ・ボードの素が入った瓶>と、<鹿のオカリナ笛>を取り出した。

「珍しいものを持っているのね。」

「うん。アキラが集めた。<ちょうちょ>と<笛>。」

「アイカはね。笛の練習をするのよ。鹿笛は難しいけどね。上手に吹けるようになったら、フェリーになんか乗らなくてもいいのよ。海の上を歩くことだってできるはずよ。でもね、五年は、かかるわね。」

「海の上を歩けるの?練習する!アイカ練習する!」

 ユカさんは、アキラに顔を向けて、話の続きを始めた。

サザン・ビーチの海は、水の分子を集めて塩化ナトリウムを加えただけなの。だから、ブイが壊れたら、水がどんどん外へ漏れるのよ。私は、みんなが安全に泳げるように、毎日ブイの回りを見張って、水漏れがないようにしている。結構大変なのよ。アキラは、バタフライ・ボードの練習をするのね。ボードが上手になったら、波に乗って遠くまで行ける。バタフライの達人は空をも飛べるのよ。ほんの少しの時間だけどね。バタフライは難しいよ。本当は十年以上かかるんだけどね。鹿笛も同じよ。上手く吹けるまでに十年はかかる。でも、毎日練習すれば、バタフライも鹿笛も五年でなんとかなると思うわよ。時を支配すれば、海も大気もゲル状に感じる事ができる。それが上達の極意よ。」

 アキラはユカさんに何かを感じ始めた。何か大きな感情だった。自分をつくり出してくれた、何か温もりのようなものに対する感情だった。

「サザン・ビーチの記憶は残っているの?」

 

 ユカさんは優しい口調でアキラに尋ねた。

「えーと。七月七日に一回、来た事がある。七月七日は雨が降っていて肌寒かった。・・・あっそうだ・・・七月七日は江西の七タ祭りの帰りだった。海からの風が、とっても気持ち良かった・・・でも、友達はみんな、おじさんになっていたような気がする。」

 ユカさんの顔色が、少し曇った。

「それだけなの?記憶がなければ結界は抜けられないのよ。思い出すのよ!」

 ユカさんの厳しい口調に促されて、アキラは記憶の糸を真剣にたぐり始めた。

「そうだ。いつもジョギングしていた。夕方、ジョギングしている時に小さい島が見えた。<帽子岩>・・・いや、<卜ビウオ岩>かも知れない。ホテルが見えていた。燈台のように海岸に立っている立派なホテル。ホテルの歌を聴いたことがある。たしか、オール・スターズの歌だったと思う。」

 

 ユカさんは、いつの間にか、蓋を開けた<バタフライ・ボードの宇宙瓶>を手に持って、アキラの前に差し出していた。

「結界を抜ける時に、宇宙瓶の蓋を開けるのよ。瓶の中の記憶が、幻の世界へあなた達を運んでくれるわ。結界の中に入ったら、フェリー乗り場へ行って、鯨ヶ丘さんに、私があげたグラスを見せるのよ。ビーチ・グラスを使えば、記憶の力で、空飛ぶフェリーが蘇るかも知れない。わかしお号が動けば三十年振りよ。」

 ユカさんは、静かに宇宙瓶の蓋を閉じて、アキラのバケツに入れた。

「現実と夢が懸け離れていても、誰かがあなたを見ているものよ。明日を憂う、あなたの傍にも、ほら、あなたを見詰めている人が、ここに・・・こんなにかわいい娘がいるじゃないの。それが、始まりよ。」

 

 何が起ろうとも、何も起らなくても四季は巡るはず。終わらない夏の一日にも、風は自由に吹いていた。ダマスク・ローズの香りをのせて。

 

 

 アキラは、右手でアイカの左手を引いて、中海岸の砂浜を歩いた。東海岸までもう少しの所で右手に抵抗を感じた。振り向くと、アイカが立ち止まって海を指差している。

 

「クジラだ。クジラが空を飛んでいる。」

 アイカはアキラの手を握ったまま駆け出した。右手を強く引っ張られて、凧のようにフラフラと砂浜を走りながら視線を海へ移すと、ゆっくりと空を移動する巨大な黒い物体がアキラの視界に入った。 波の頂点から空中に飛び出した黒い物体は、徐々に弧を描きながら波の背中に着水していった。これがホエール・ボードなんだ。初めて見る鮮やかな乗り熟しに、心は無条件に感動を受け容れた。

 海からホエール・ボードに乗っていた男が渚に降り立った。アイカが左手を離して、真っ黒に日焼けした大男に駆け寄ると、アキラは宇宙へ飛び出そうとする物体を確保

 

するかのように慌てふためいて、アイカの後を追った。

「クジラがとんだ。クジラがとんだ。」

 アイカが大声を出して飛び跳ねている。アイカにつられて、アキラも大声を出した。

「これがホエール・ボードか。でっかいなあ。」

 大きな鯨からゆっくりと降りてきた男が、アキラの顔を覗いて首を傾げた。

「ホエール・ボード?これは、ライフ・セイバーが使うただのロング・ボードだ。ほら、パワー・コードがないだろ。」

「パワー・コード?」

「そうだ。足に付けるロープだ。」

アイカが口をはさんだ。

 

 

「わたし、アイカ。クジラに乗るのにロープなんかいらないよ。」

「クジラ?そうか…ユカに会ったのか。」

「うん。ユカさんにもらった。」

 アイカはユカにもらったビーチ・グラスを男に見せた。男はアイカの手の平で輝く、人工の宝石からの光線を感知すると、すぐにアキラに話しかけた。

「君はアキラか?」

 男は、渚に横たわった長い物体に目を向けると、淡々と話しはじめた。

「ボードに乗っている時が一番自由なんだ。僕はボードに乗っているから結界に出入りできる。結界の内側は別の宇宙なんだ。あの空間は幻の溜り場になっている。パン・

 

 パシフィック・ホテルは二十一世紀を迎える前に取り壊されたはずなんだ。でも、結界の外からはパン・パシフィック・ホテルが今でも見えるんだ。ほら、僕とユカが今でも食事をしているだろ。」

 男は東海岸の方向を指差した。

「鹿笛が吹ければ、船なんか必要ない。僕も宇宙瓶を持っている。開けるよ。」 

 男はどこからかジャムの瓶を取り出して、蓋を開けながらアキラに話しかけた。

「母さんに会って来たのか?」

「母さん?」

 アキラの脳裏に、サザン・ビーチで出会った< ユカさん>の姿が無造作にぽっかりと浮かんだ。アキラの抱いたイメージの具象化を促すかのように男は話を続けた。

「パン・パシフィック・ホテルの最上階を見てごらん。僕とユカが食事をしているだろ。ハット・ロックを見ながら食事をしたんだ。君の母さん・・・伊東ユカ・・・いや、松本ユカに会ったんだね。僕達は毎日、裸足で白い波を追いかけた。夏は終わらないと信じていたのに・・・僕達は別々の道を選ぶことになってしまった。僕は夢を捨てきれなかった。湘南の自然を守る活動を続けた。でも、恋なんてものは一瞬にして全てを消し去ってしまうんだ。今でもユカ

 

・・・いや、君の母さんは、僕と初めて出合ったサザン・ビーチで僕を待っている。ビーチの入り口にある縁結びのモニュメントに一人で腰掛けて日が暮れるのを待っている・・・待っている・・・ただ、待っているだけだ。僕は、サザン・ビーチには行けない。サザン・ビーチに行って、ユカと会った瞬間に君が消滅してしまうからだ。」         

 

 宇宙瓶の蓋を開けて透明な絵の具をガラス板に塗りつけ、さり気なく過ぎてゆく夢の景色をエチュードにして、サム・ネイルに描いたなら、時の残像はステンド・グラスに変わる。星の花粉が降る夜に、目を閉じても輝く星を見つけたなら、置いて来た心と感じていた思いは、時の始まりに戻り、願い事が叶うと信じていた。翼のついた船に乗り、時の海ヘと漕ぎ出して行こう。

 

クョスコニョ    [1] 
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