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  原子心母(アトム・ハート・マザー-  ピンク・フロイド)  1986年5月
 

 

 全てを70年代に遺し、80年代は静かに過ぎていった。十年前の出来事を思い出した五月の土曜日だった。俺は久し振りに、思い出の扉を開け、ディグへ行ってみることにした。DIGへ行けば、今でもアイが片隅に座っているような気がした。

 今日も風が吹いている。明日も風が吹くだろう。しかし、あの日の風は、二度と吹かないかもしれない。そんな独り言を、風に語りかけたい気分で、新宿の街を歩いていた。十年前とほとんど変わっていない。変わったことと言えば、新しい店が所々にできていることぐらいだった。「ペニー」とか「キース」といった、新しい喫茶店ができていた。

 街の変化に心を弾ませていると、「JAZZ & WINE インタープレイ」と書かれた、真新しいサイン・ボードが、俺の視線を固定した。たとえ、「インタープレイ」という店の名が、ビル・エヴァンスの曲、俺とアイの間で流れていたFマイナーのブルース「インタープレイ」と、何の関連もない文字通りのジャズ・セッッシヨンを意味しているとしても、俺はその店の前を素通りしていく勇気を持てない。店のマスターなら、ビル・エヴァンスの「インタープレイ」という曲を知っているかも知れない。」もし、知っていたなら、幻の中に消えていった「アイ」の話をしてやろう。そう考えただけで、俺の胸は高鳴って、目に映るもの全てがハッピーに見えてくる。

 ドアを開けると、澄んだ空間が広がった。

「ホットでいいよ。」

「はい。」

 キース・ジャレットのロマンチックなピアノ・ソロが心地よい音量で流れている小さなジャズ喫茶の片隅にあるテーブルに、俺は腰掛けた。

「新しい店だね。」

「ええ、四月にオープンしたばかりなんですよ。」

 若い男が、元気に答えた。

「インタープレイって言うのは、何か意味があるのかなあ。」

 カウンターの上に置いてあるバスケットの中から、INTERPLAY と書かれたマッチを取り出して、若い男に話しかけた。

「ええ、ママの好きな曲なんですよ。」

「ビル・エヴァンスの?」

「そうですよ。」

「なるほど。なかなか粋なママさんらしいね。」

 男は笑いながらコーヒーを入れた。

「その曲リクエストしてもいいかな。」

 男は楽しそうな笑いを浮かべた。

「きっとママが喜びますよ。」

 甘い香りを漂わせながら白い水蒸気を立ち上らせているコーヒーを、カウンターの上に置くと、男は姿を消した。

 俺は、「インタープレイ」がかかるまでの長い長い数分間を、タバコに火を点け、コーヒーを啜りながら待っていた。

 男は、戻ると、

「ママですよ。」

と、軽快に言葉を発した。

 俺の目が、腕を組んで壁により掛かりながら、微笑みかけてくる女性の姿を捉えた。そこには、黒いジャケットの中から白いシャツの襟と銀のネックレスを覗かせているアイの姿があった。目の中で歪んでいく空間の中に、沈黙が流れている。

 その沈黙を、男の声が掻き乱した。

「お知り合いですか。」

空気が凍った。

「昔の彼よ。」

男は目を逸らした。

「これは失礼しました。二人でゆっくりと。」

そういうと男は消えた。

「いいものを見せてあげる。」

アイは写真を取り出した。

「可愛いでしょう。ススムよ。」

「君の名前を付けたの。もちろん君のDNAよ。」

「・・・」

「また、君に会えたね。」

「君の命をやっと手に入れたわ。」

俺は冷凍人間になった。

クョスコニョ    [1] 
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