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  最後のクリスマス  イフ・ノット・フォア・ユー(ボブ・ディラン) 1978年12月
 

 

あの時泣けなかったの

ホームで別れた

二度と会わなかった

 

お見合いしたの

わたし

決めたの

 

もう生きていけない

気が狂いそうだった

毎日泣いていたの

 

でもあの日は

泣けなかった

 

彼が残した楽器

これが彼のフルートなの

 

 

 神奈川県の教員採用試験に合格し、時が惰性の中で、幸せに向かって流れていくように思われた。しかし、運命の嵐はまだ衰えていなかった。俺は教員に採用されることはなかった。健康診断で遺伝的疾患が見つかった。医者の話を聞いても病気なのか病気でないのかよく解らない。しかし、神奈川県からは、健康診断で遺伝的疾患が見つかった以上は採用できないと、連絡があった。

 教員になれないことがジュンの両親に知れると、両親は結婚に反対した。ジュンにお見合いを勧めた。ジュンは精神的に不安定になって仕事を休みがちになった。冬空に星が輝く静かな夜、ジュンから電話があった。

 

 

「お見合いするよ。」

「うん...」

「わたし、もう学生じゃないのよ。もう決めなきゃいけないのよ。もう待てないのよ。」

「うん...」

 

 

時計を気にしてる

夜行列車で帰るよ

今日で最後だね

 

運命を呪うよ

やっと合格したのに

健康診断で撥ねられた

 

その話はやめて

勇気がなかった

ついて行けばよかったの

あなたの街へ

 

お見合いしたんだって

彼はどんな人

 

いい人よ

 

君の両親があんなに喜んだラヴェルだけど

もう吹くことはない

このフルートは置いていく

 

わかった

 

わたし

泣かないから

時間を止めて

 

せめて

せめてもう一杯

ワインを飲ませて

 

あなたと

 

 

「偶然の振りしてたけど、本当はジュンとこの店で飲みたかったんだ。」

「駅の近くにこんな店があるのは知らなかった。キャンドルがたくさんあるのね。」

「いい雰囲気だろ。」

「もっと早く連れてきて欲しかった。」

「言うなよ。」

「ゴメンね。この指輪見てよ。素敵でしょ。」

「本物のダイヤだね。彼に貰ったの。」

「うん。エンゲージ・リングってやつね。」

 会話が途切れる度に、ジュンは指輪を眺めている。二人に残された時間は僅かなのに、言葉が出ない。ジュンのことは何でも知っているはずだった。言葉を探しながらタバコに火をつけた。

「彼の話をしてよ。」

「うん。」

「どんな人。」

「いい人よ。」

 上品なソムリエが俺のグラスにワインを満たした。

「もっと飲めよ。」

「うん。」

 出来ることなら時間を止めたい。このままジュンとここにいたい。

「俺。謝るべきかな。」

「何を。」

「好きだって、言ったことがなかった。」

「うん。」

「言っとくよ。」

「わかってるよ。」

 時間を止めて、終電を止めて、永遠にここにいたい。

「ススムのフルートどうする。送ろうか。」

「いいよ。置いてくから使えよ。」

「わたしにはもったいないけど。」

『ジュン、どうしてこうなっちまったんだ。お前なしでは生きていけないよ。』

 喉まで出かかった言葉を、全て飲み込んだ。

「ペットがあるから、いいよ。」

 

 

シャンペンで乾杯した

シャブリも飲んだ

カマンベールが好きなんだ

エスカルゴも久し振り

この店は昔のまま

 

いつの間にか

時計を見ていた僕

 

心を曝し

話したね

 

ちょっと遅いけど

二人だけのクリスマス

夢の中

歩いたね

 

白い指先

柔らかな手

心を繋いで

駅まで帰った

 

「現実」行きの終電車

人目を避けて

移動した

 

 

心の鍵は貰ったよ

僕だけが開けた扉

 

固く閉ざすんだ

明日から

君の過去

君の情熱

君の恋

 

鍵は持っているよ

いつまでも

扉を開けるときは

僕に言ってごらん

 

君にも鍵をあげるよ

しっかり封印するんだ

夢の時間

僕の心に鍵をかけて

 

忘れない

永遠に

時を越えても

生き続ける

ほんの僅かな

時と空間

 

二人で過ごした

二人だけのもの 

 

クョスコニョ    [1] 
 前のテキスト: 原子心母(アトム・ハート・マザー-  ピンク・フロイド)  1986年5月
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